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秋田地方裁判所本荘支部 昭和59年(ワ)22号 判決 1985年6月27日

原告 後藤仲治

右訴訟代理人弁護士 山内満

被告 豊田商事株式会社

右代表者代表取締役 永野一男

<ほか三名>

被告ら訴訟代理人弁護士 川原眞也

右同 新里宏二

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一二五万円及びうち金一一五万円に対する昭和五九年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一五〇万円及びうち金一三〇万円に対する本訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  請求棄却

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 被告会社は貴金属の輸出入及び販売等を目的とする会社であり、被告永野一男は同会社の代表取締役、被告岩野八郎は秋田営業所営業部課長、被告保坂清は同営業部員である。

(二) 原告は明治四五年六月二八日生まれで無職、両耳に高度の難聴(病名・両感音難聴)の疾病を有し、現在妻かなゑ(大・九・四・四生)の二人で、年金を唯一の収入として肩書住所地に暮らしている。

2  本件契約の経緯

(一) 被告会社は、原告に対し、昭和五九年一月三〇日午前一〇時頃、自社女子従業員をして、無差別的に電話をして一方的に営業社員を訪問させる旨告げ、同日午後一時三〇分頃営業社員である被告保坂を来訪させた。被告保坂は原告に対し右同時刻頃より、翌午前〇時過ぎ頃まで約一一時間の長時間にわたって「金ほど価値あるものはない。利殖としてもっとも安全確実で、絶対損はない。自分も兄もこれで大儲けしている。四〇〇グラム買えば五年後には元金二〇〇万円は倍の四〇〇万円に増殖できる。利子は年一割現金で必ず御宅に届ける。」と申し向け、更に、これに応諾しないうちに、被告保坂は、途中会社にほぼ契約成立にこぎつけた旨の報告をして、ついに原告をして金四〇〇グラムを買い取ることの注文書等契約書類に署名捺印させ、契約金一万円の交付を受け午前〇時過ぎの帰り際、「このことは息子さん達に絶対に話すな。」と口止めしていった。

(二) 同年一月三一日、五年間で二倍の利殖を得られると誤信した原告をして、被告会社は、被告岩野、同保坂の立ち会いの下金九九万円を交付せしめた。

3  不法行為

(一) 詐欺

右取引は被告会社が、顧客との取引高に相当する金地金を保有しておらず且つ他から同量の金を購入する意思も能力もないのにも拘わらず、原告が七三歳という老齢で難聴であることや金地金の取引について全くの知識・経験も有しないことに乗じて、金地金売買・同賃貸借契約名下に金一〇〇万円を騙取した詐欺行為である。

(二) 出資法違反

被告会社は、法定の除外事由がないのに、被告岩野、同保坂らをして、前記二のとおり不特定且多数者の一人である原告から、金地金の売買とその賃貸借を仮装して金一〇〇万円を預け入れ、もって業として預かり金をした。(出資法第二条一項一号)

(三) 公序良俗違反

(1) 被告会社は不特定多数人に対し、無差別に電話をかけ一方的に担当営業社員を訪問させ、商取引上の常識を越えた長時間、強引且執ように勧誘した。

(2) 金の売買価格ないしはその相場は、国際政治・経済・社会・通貨の状況と種々複雑な要因によって決定され、その正確な情報や金地金の換金方法やその制度は未だ整備確定されていないのに、被告会社は、同取引に無知、無経験な原告に対し、「絶対損はしない、儲かる」等の断定的利益表示をし、且金の保管方法、被告会社の返還能力等把握する上での資産状態等の重要事項を説明しなかった。

(3) 又、純金ファミリー契約と称する「賃貸借契約」は、原告側からの解約については、賃料の三〇パーセントの違約金を払わねばならず、更に純金返還日は、期限後被告会社の指定する日以降となって、期限があって無いものと等しい契約内容であって、著しく不公平な片務性を帯びている。

(4) 原告が七三歳の老齢で、しかも両耳難聴であるのに拘わらず、本件取引を決断する上での猶予も与えず、むしろ、身内の相談を回避する等教示をした一方的且強引な勧誘により、老夫婦の唯一の現金である年金で貯えた現金ほぼ全額を交付させた。

右一連の被告らの行為は、商取引上社会的に到底許容され得ない違法なものであって、公序良俗に反するものである。

4  被告らの責任

被告会社は右違法業務を遂行し、他の被告らはこれを企画、実施、推進した。よって被告らは民法第七〇九条、同第七一五条、商法第二六六条ノ三に基づき、これにより生じた原告の後記損害を賠償すべき責任がある。

5  原告の損害

(一) 交付せしめられた現金一〇〇万円

(二) 右違法行為により精神的に蒙った損害相当額金三〇万円

(三) 弁護士費用(手数料、謝金を含めて)金二〇万円

合計金一五〇万円

6  よって原告は被告らに対し、連帯して損害金一五〇万〇、〇〇〇円及び内金一三〇万〇、〇〇〇円に対する本訴状送達の翌日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める。

7  尚、本件行為は被告会社営業所の営業行為としてなされたものである。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求原因1の(一)は認める。同1の(二)は不知。

2  請求原因2の(一)中、昭和五九年一月三〇日午後一時三〇分頃、被告保坂が原告方を訪問したこと、原告に対し、純金の購入方を勧誘したこと、金一万円の交付を受けたことは認める。但し、右金員は純金四〇〇グラムの売買代金の内金である。その余は否認ないし争う。

3  請求原因2の(二)は否認。なお、被告会社は昭和五九年一月三一日原告から純金四〇〇グラムの売却代金残金として金一、一六九、七八〇円を受取ったものである。

4  請求原因3ないし6はいずれも争う。

5  請求原因7は認める。

三  被告らの主張

1  被告会社は原告に対し、昭和五九年一月三〇日純金四〇〇グラムを一グラム二、八〇九円、代金一、一二三、六〇〇円で売却し、被告会社は原告から同日代金の内金一万円、同月三一日代金残金一一一万三、六〇〇円及び売り手数料金五万六、一八〇円の合計一一七万九、七八〇円の支払を受けた。

同年一月三〇日被告会社は原告から、右売却にかかる純金四〇〇グラムを期間五年間、運用料一ヶ年一六万八、〇〇〇円で寄託を受け、同月三一日運用料一六万八、〇〇〇円を原告に支払った。

2  純金ファミリー契約の法的性質

(一) 純金ファミリー契約は契約書上純金の賃貸借契約とされているが、その実質は金地金の消費寄託、もしくは金地金の引渡債務をもって消費寄託の目的とした準消費寄託と解すべきである。

即ち、被告会社は、顧客より純金の売買代金を受領することにより、顧客に対し、一定量の純金を引き渡すべき債務を負担する。右純金の引渡債務をもって、消費寄託の目的とし、一定期間後同種同量の純金の返還を約したものがファミリー契約である。

(二) 従って、被告会社が寄託を受けた金の所有権を取得し、これを自由に利用処分しうるのである。

よって、原告主張の如く被告会社において寄託を受けた金地金を絶えず保有している必要もないのである。

3  被告会社に詐欺行為は有しない。

(一) 原告の詐欺の主張の要点は、被告会社が顧客との取引高に相当する金地金を保有しておらず、且つ他から同量の金を購入する意思も能力もないという点にある。

(二) 被告会社で顧客との取引高に相当する金地金を保有している必要のないのは、前記のとおりである。

(三) さらに、被告会社においては期限の到来した金を顧客に返還している。被告会社がファミリー契約を始めてから三年以上も経過するが、いまだ返還を遅延したことは一度もない。

ファミリー契約のトラブルは常に中途解約の際に生じており、返還期限において返還しなかったために訴訟を提起されたことなど一度もない。

(四) 従って、被告会社に詐欺行為は一切存しない。

4  被告会社に出資法違反の事実も存しない。

(一) 純金ファミリー契約が前記のような法的性格を有するものだとすれば、出資法第二条には何ら抵触するものではない。

即ち、出資法二条にいう「預り金」とは、名目のいかんを問わず、預金・貯金と同様の経済的性質を有するもの、即ち、元本をそのまま返還することになっている金銭の受入であって、主として預け主のために金銭の価値を保管することを目的とするもの、と解されている。

即ち、「預り金」というためには、第一に金銭の受入であること、第二に預った者において金銭の価値を保管し、元本をそのまま返還すべきことを約するものであることが必要である。

(二) しかるに、純金ファミリー契約は、前記のとおりあくまでも金地金の消費寄託あるいは準消費寄託であり、金銭の受入ではない。

仮に契約当初の実体が金銭の預け入れであったとしても、被告会社が期限において返還するのは、当初約定した一定量の金地金であり、預け入れた金銭の額に相当する量の金地金ではないのである。周知のとおり金には市場価格があり、それはたえず変動しているのであるが、被告会社は受け入れた金銭の額にかかわりなく、また金の市場価額にもかかわりなく、当初約定した一定量の金地金のみを返還するものであり、預け主のため金銭価値を保管し、元本を返還する実体は何ら存しないものである。

5  被告会社に公序良俗違反の事実もない。

(一) 被告会社の営業活動の末端において、職務熱心のあまりあるいは時に多少誇張した表言が用いられるかも知れない。しかし、それは被告会社に限らず、何のセールス活動にも当然つきまとうものであり、セールスマンが自己の商品のメリットのみを強調するのは通常の事態というべきで顧客の側もこれを割引いて聞くのが普通である。

(二) 純金返還日は、期限後被告会社の指定する日以降となっているが、被告会社では更新がなされない限り、必ず金を返還し、一切期限後のトラブルは生じていない。

なお、前記約定の趣旨は、金の輸送に慎重な手続を要するため、ある程度の猶予期間を必要とするからである。

以上の次第で被告会社に公序良俗違反の事由も存しない。

理由

一  請求原因1の(一)は当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、請求原因1の(二)の事実を認めることができる。

二  請求原因2の(一)中、昭和五九年一月三〇日午後一時三〇分ころ、被告保坂清が、被告会社秋田営業所のセールスマン(営業部員)として原告方を訪問したこと、原告に対し、純金の購入方を勧誘し、金一万円の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、請求原因2の(一)のその余の事実及び同2の(二)の事実(但し、純金四〇〇グラムの代金としては金一一二万三、六〇〇円が約定されており、原告はこの金額に「売り手数料」金五万六、一八〇円を加算した計金一一七万九、七八〇円を支払うこととされていたが、反対に原告は被告会社から「賃料」名目〔被告ら代理人は消費(若しくは準消費)寄託による運用料であると主張する〕で金一六万八、〇〇〇円を受取ることとされていたため、これを差引いた金一〇一万一、七八〇円が原告の支払分であったところ、内金一万一、七八〇円はセールスマン保坂清のするサービスとして控除されたので、原告は前日支払済みの一万円を差引いた金九九万円を右保坂に交付したものである)を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  《証拠省略》によれば、原告から被告会社への右金員の授受は、被告会社が原告に売却した純金(金地金)の代金(とこれを被告会社において運用するための「売り手数料」と)の交付として行われているのであるが、被告会社のセールスマンである被告保坂において、原告に対し、右金地金の現物を確認させたことはなく、またその用意のあることも示さないまま、同時併行的に、当該金地金を被告会社で預って(被告ら代理人はこれを消費寄託若しくは準消費寄託であると主張する)これをもって原告の利益のため被告会社が金取引を運用し、原告の利殖を図ってやる旨申し向け、金地金の現物引渡しのないまま、前示のごとくその代金として金一一二万三、六〇〇円、その「売り手数料」として金五万六、一八〇円計金一一七万九、七八〇円という多額の金員(但し、実際には前記のごとく金一〇〇万円)を受取っている事実が認められるから、右後段の金地金の運用による利殖の話がなければ、原告の右金員の交付もある筈がなく、両者は不可分一体の関係にあるというべきである。してみれば、被告会社と原告との間の本件契約は金地金の売買とその消費寄託とが一体となった混合契約というべきものであるところ、消費寄託については、民法六六六条により、消費貸借に関する同法五八七条が準用されるから「物ヲ受取ルニ因リテ」効力を生ずべきものであって、契約の成立(存続ではない)には当該寄託物が特定され、その占有と所有権とが受寄者に移されることを要するものというべきである。したがって、この要件を具備しない消費寄託契約は効力を生ずべくもないものである。なるほど、消費寄託契約における要物性は、必ずしもその成立のための絶対不可欠の要件ではなく、諾成的契約の成立しうることは今日の一般的見解であるが、本件におけるように寄託物の運用の費用として「売り手数料」を、その物の売買代金と同時に徴取し、また寄託物の運用益の対価として「運用料」の第一回目の支払いを即時に行う契約内容を伴う本件のごとき場合においては、該契約は消費寄託契約であり、かつ、寄託物の占有と所有権との移転を伴う要物契約であると解するのが相当である。そして、本件において、被告会社のセールスマン保坂清が寄託物たる金地金の現物を原告に確認させたことも、その用意があることを示したこともないことは前示のとおりであり、本件全証拠によるも他に右要物性を具備していた事実を証するに足りる証拠はない。被告会社において顧客に交付していた「純金ファミリー契約証券」なる紙片も、もともと現物の裏付のないものについて発行されたものであるから、到底要物性を具備せしめるに足りるものではない。そうとすれば、被告会社は効力を生ずべくもない消費寄託契約を不可分一体のものとして含む混合契約によって、原告から多額の金員を受取ったこととなり、右要件欠缺の瑕疵は重大であるから、これは本件混合契約全体を無効ならしめるというべきである。右は、被告会社が、法定の除外事由がないのに、不特定多数の一人である原告から、金地金の売買とその消費寄託(原告に対しては賃貸借と称していた)を仮装してその契約金名下に金一〇〇万円の預け入れを受けたものというべく、出資の受け入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律二条一項で禁止されている業としての預り金(預金、貯金、定期積金、借入金等の名称は用いていないものの、被告保坂が勧誘に際し、「年一割の利子」等の表現を用い、消費貸借の規定が準用される消費寄託の契約金名下に金員を受け入れたのであるから同法二条二項にいう「その他何らの名義をもってするを問わず、これらと同様の経済的性質を有するもの」に該るというべきである)行為をなしたものというべきである。

また、《証拠省略》によれば、被告会社のセールスマンである被告保坂清は一面識もない原告方に、被告会社の女子従業員から電話による事前の予告があったとはいうものの、その日のうちに押しかけて深夜まで実に一一時間の長きにわたって老夫婦二人だけの原告方に居つづけ、その間、時にはいわゆる泣き落し的な、或いはまた衣類等のプレゼントによる懐柔的な策を弄しつつ、執拗に前記のような内容の契約締結を勧誘し、翌日までの間にその契約金名下に計金一〇〇万円という大金の交付を受けたものであり、七二歳という高齢でかつ難聴でもあり、会話も理解し難く、金の取引などについて全く無知な原告に対し、そもそも金の売買価格ないしはその相場は、国際政治・経済・社会・通貨の状況と種々複雑な要因によって決定され、その正確な情報や金地金の換金方法やその制度は未だ整備確定されていないのに、「絶対損はしない、儲かる」等の断定的利益表示をなして、全く客観的真実性の裏付け、根拠のない利殖の話を執拗にくり返し、老夫婦二人きりの生活で純朴かつ善良な対人接触は日常のことであっても、このような常識外れのセールスに抵抗できる気力、体力、判断力を期待しうべくもない原告ら夫婦を困惑状態に陥れ疲労と困惑のさなかにおいて(こんな勧誘の裏には悪い企みもあるかも知れないと感じた原告が小用を口実に戸外に出て、セールスマン保坂の乗用車のナンバーを控えたのが《証拠省略》である)、原告らがうっかり見せてしまった預金通帳を取り上げたうえ、強引に契約申込書に署名をさせ、翌日これを現金化させて、原告の虎の子の大金一〇〇万円をせしめ、その間原告夫婦に対し、身内に相談しないよう口止めするなどした事実が認められ、これら本件契約にいたる被告らの一連の行為は、社会の発展に貢献し或いはその礎となってきた敬愛すべき高齢者の平安な余生を確保すべくその処遇を模索している現今の社会情勢下での健全かつ淳良な一般市民の社会通念に著しく背馳し到底許容されざる違法なものであって、公序良俗に反するものというべきである。

四  以上の認定事実及び被告会社をめぐる公知の事実によれば、被告会社は右違法業務を遂行し、他の被告らはこれを企画、実施、推進したものというべきであるから、被告らは、民法七〇九条、七一五条、商法二六六条ノ三に基づき、これにより生じた原告の後記損害を賠償すべき責任がある。

五  以上認定の事実に、《証拠省略》を総合すれば、原告が被告らから賠償を求めうる損害としては、被告らの不法行為により、交付させられた金員の額一〇〇万円のほか、被告らの不法行為により原告の蒙った精神的苦痛の慰藉料として金一五万円、弁護士費用として金一〇万円を認めるのが相当である。

六  以上の事実によれば、本訴請求は、被告らに対し各自金一二五万円及びうち金一一五万円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年三月一三日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小池洋吉)

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